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内田裕也、樹木希林夫妻から学ぶ、「愛する」ということ

平成30年3月17日、歌手内田裕也さんが逝去しました。

イマドキの若い人たちは、内田裕也を破天荒なおじいちゃんでしかないと思っているかもしれませんが、内田裕也は日本のロック界を牽引してきた人物です。

妻・樹木希林さんが逝去して、わずか半年。
後を追うようにこの世を去りました。

俗に、妻に先立たれた夫は老い先短いといわれますが、殆どの月日を別居していた内田裕也はそうではないのではないかと思っていた人も多いのではないでしょうか。

あまりにも破天荒な夫婦生活

内田裕也・樹木希林夫妻は1973年に入籍しました。
その後娘を設けるも、1981年に内田裕也さんが勝手に離婚届を提出。
樹木希林さんは不服を申し立て、裁判になりました。

裁判の結果、ふたりは籍こそそのまま残しましたが、別居生活をスタートさせます。

その後、40年間別居生活を続け、樹木希林はたった1人で娘を育て上げました。

内田裕也さんが逮捕された際に、樹木希林さんは次のようにマスコミのインタビューに答えています。

「籍を入れた責任上、どうするかを考えながらいきたい。夫1人だけ奈落の底に落として、自分だけ保身ということはしません。」

新婚の頃からずっと破天荒だった内田裕也

内田裕也の破天荒さは、何も結婚生活に限ったことではありません。

東京と知事選挙に立候補したり、ストーカー容疑で逮捕されたりと、その人生はまさにロックそのものでした。

そんな内田裕也さんを、樹木希林さんは受け止めていたのでした。

心に響く、樹木希林さんの言葉

「生まれ変わることがあっても、出会わないように気をつけたい。
全部、好きです。全てなにもかも好きです。
もし来世というものがあって、生まれ変わることがあるのなら、また巡り合うことがないように。
出会わないように、気をつけたいわね」

出会ってしまったら、また恋をして大変な人生になってしまうから、だそうです。
樹木希林さんがどれほど内田裕也さんを愛していたのかがよく分かりますね。

平成最後の破天荒夫婦から教えられた、「愛する」ということ


内田裕也さんと樹木希林さんは、ごく一般的な夫婦からはかけ離れた夫婦生活を送りました。
弔辞の際娘さんが「受け止めがたかった」と仰っていたように、常人には理解しがたい夫婦の形だったかもしれません。

しかし、彼らのスタイルから学ぶことは多いはずです。

誰よりも傍にいるのではなく、
誰よりも多くの時間を共有するのでもなく、
誰よりも愛の言葉を交わし合うわけでもなく、
物理的な距離を超えて、魂が惹かれ合っていたように思えます。

樹木希林さんはどんな時も内田裕也さんを尊敬していました。

あなたは今、パートナーを尊敬し、感謝していますか?

傍にいることが当たり前だと思わずに、愛し合えることに感謝しましょう。

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